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福岡地方裁判所田川支部 昭和59年(ワ)38号 判決 1987年5月29日

本訴原告(反訴被告)

北九州自動車株式会社

ほか一名

本訴被告(反訴原告)

勝木隆

ほか四名

主文

一  原告ら(反訴被告ら)の被告ら(反訴原告ら)に対する、昭和五八年一二月一日午後二時二〇分頃福岡県田川郡方城町大字伊方四一一五の二先交差点において発生した、原告(反訴被告)山永繁運転の普通乗用自動車(北九州五六り九七九八)と訴外亡勝木武夫運転の自転車との衝突事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

二  被告ら(反訴原告ら)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じて被告ら(反訴原告ら)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  原告ら(反訴被告ら、以下原告らという。)

1 主文第一項同旨

2 訴訟費用は被告ら(反訴原告ら、以下被告らという。)の負担とする。

二  被告ら

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴について)

一  被告ら

1 原告らは各自、被告らそれぞれに対し、各金三一四万九二八六円及びこれに対する昭和六〇年二月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

二  原告ら

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 訴外亡勝木武夫(以下武夫という。)は、次の交通事故(以下本件事故という。)により、左橈骨末端骨折、左舟状骨々折、頭部打撲、右顔面挫創、右頬骨々折の傷害を負つた。

(1) 発生日時 昭和五八年一二月一日午後二時三〇分頃

(2) 発生場所 福岡県田川郡方城町大字伊方四一一五の二先交差点(以下本件交差点という。)

(3) 加害車 普通乗用自動車(北九州五六り九七九八)

右運転者 原告山永繁(以下原告山永という。)

(4) 被害車 自転車

右運転者 武夫

(5) 事故の態様

直方市方面から田川市方面に向つて直進して信号機による交通整理の行なわれている本件交差点に進入した原告山永運転の加害車の前部と、加害者の進行方向の左側から本件交差点に進入した武夫の運転する被害車とが衝突した。

2 しかるところ、武夫は本件事故から約一か月を経過した昭和五八年一二月二九日午後一〇時四三分死亡したが、その死亡原因は急性膵炎に起因する播種性血管症候群であるところ、右急性膵炎は、代謝異常・膵臓活動の異常昂進を内容とする内科的疾患であり、その発生の原因は内科的にも明らかにされておらず、従つて本件事故及びそれによつて武夫の被つた傷害と武夫の死亡との間の因果関係は不明である。

3 ところで原告北九州自動車株式会社(以下原告会社という。)は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであり、原告山永は原告会社の従業員で、本件事故当時加害車を原告会社の業務の執行として運転していたものである。

しかしながら、本件事故は武夫のみの過失に起因するものであり、原告山永には何ら過失はない。すなわち、原告山永は、対面する信号が青色であつたので、本件交差点に進入したのであり、一方、武夫は、同人の対面する信号が赤色であつたにもかかわらず、本件交差点に進入したのである。しかも、本件交差点には道路標示による横断歩道があるのに、武夫は右横断歩道上を進行せず、本件交差点内の車道部分に進入して横断しようとしたのである。その結果、本件交差点の中央付近の、しかも道路のセンターライン付近で本件事故が発生したのである。以上の諸事情からすれば、本件事故は武夫の一方的な過失により発生したものというべきである。

4 かりに原告山永にも過失があり、従つて原告山永は民法七〇九条により、原告会社は自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるとしても、前記3において述べた諸事情からすれば、武夫の過失は大であるから、賠償額の算定につきこれを斟酌すべきである。しかるところ、被告らは自賠法による保険金八四二万五五〇〇円の給付を受けており、従つてかりに本件事故と武夫の死亡との間に因果関係があり、武夫に生じた損害額が被告ら主張のとおりであるとしても、右過失相殺により右保険金額を控除してなお残る損害額は皆無であるというべきである。いわんや、前記2において述べたとおり、本件事故と武夫の死亡との間の因果関係は不明であり、従つて右因果関係はないということができるから、原告らが責任を負うべき範囲は、武夫の被つた傷害に関連する損害についてだけであり、この場合には、右過失相殺により右保険金額を控除してなお残る損害額はなおさら皆無であるというべきである。

5 しかるに武夫の相続人である被告らは、本件事故と武夫の死亡との間には因果関係があると主張して、原告らにその損害の賠償を求めている。

6 よつて原告らの被告らに対する、本件事故に基づく損害賠償債務は存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、武夫が昭和五八年一二月二九日午後一〇時四三分死亡したこと、その死亡原因は播種性血管症候群であることは認める。その余の事実は争う。本件事故と武夫の死亡との間には因果関係がある。

3 同3の事実中、原告会社が加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであること、被告山永が原告会社の従業員で、本件事故当時加害車を原告会社の業務の執行として運転していたものであることは認める。しかし、本件事故は武夫の一方的な過失により発生したものであつて、原告山永には過失はないとの主張は争う。すなわち、原告山永の対面する信号は青色ではなかつた。かりに青色であつたとしても、本件事故の発生した場所は交差点であり、しかも加害車の前方には横断歩道があり、右歩道またはその付近において武夫運転の自転車が急に進路を変えることも充分考えられる状況であつたから、原告山永としては、歩行者に対すると同様、あるいはそれ以上に注意を払い徐行すべきであつた。

4 同4の事実中、被告らが自賠法による保険金八四二万五五〇〇円の給付を受けたことは認める。武夫に過失があつたことは否認する。

5 同5の事実は認める。

6 同6は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 本訴請求原因1のとおりであるから、これを引用する。

2 武夫は、昭和五八年一二月二九日午後一〇時四三分社会保険田川病院において、本件事故によつて発生した播種性血管症候群のため死亡した。

3 原告らは、次の理由により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(1) 原告会社は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(2) 原告山永は、本件事故発生につき、本件事故の発生した場所は交差点であり、しかも加害車の前方には横断歩道があり、右歩道またはその付近において武夫運転の自転車が急に進路を変えることも充分考えられる状況であつたから、徐行して進路前方の安全を確認して進行すべき注意義務を怠り、進路前方を十分に確認しないまま徐行しないで本件交差点に進入した過失があつたから、民法七〇九条による責任。

4 武夫の死亡(死亡までの傷害を含む。)による損害の内容は次のとおりである。

(1) 休業損害 金二一万六八二三円

武夫(明治四一年一一月三〇日生)は本件事故当時七五歳の健康体であつた。右年齢の平均月収は年齢別平均給与表によれば、金二二万四三〇〇円である。ところで武夫は昭和五八年一二月一日から同月二九日死亡に至まで二九日間入院しているので、その間の休業による損害は、次のとおり金二一万六八二三円と算定される。

二二四三〇〇×29/30=二一六八二三

(2) 逸失利益 金四七九万六四三一円

右年齢の就労可能年数四年、新ホフマン係数三、五六四で、生活費五〇パーセントを控除すると、武夫が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり金四七九万六四三一円となる。

(二二四三〇〇×一二)×三五六四×(一-〇・五)=四七九六四三一

(3) 入院雑費 金二万九〇〇〇円

武夫は二九日間入院しているので、右期間の諸雑費は一日一〇〇〇円として金二万九〇〇〇円となる

(4) 葬儀費など 金一七二万九六七七円

武夫の死亡により左記費用の支出を余儀なくされた。

葬儀費用 金五五万五九四五円

初七日 金三六万四五六六円

四九日 金二二万〇〇五四円

初盆 金五八万九一一二円

(5) 慰謝料

イ 生存中の慰謝料 金一〇〇万円

武夫は入院生存中二九日間にわたり心身ともに非常な苦痛を受けているが、これを慰謝するためには強いて金銭に評価すると金一〇〇万円を下ることはないと思料するので、右金一〇〇万円が生存中の慰謝料である。

ロ 死亡による慰謝料 金一五〇〇万円

武夫に対する死亡による慰謝料は金一五〇〇万円を下ることはないと思料するので、右金一五〇〇万円が死亡による慰謝料である。

(6) 以上合計 金二二七七万一九三一円

5 勝木ハツエ(以下ハツエという。)は武夫の妻として、被告らはいずれも武夫の子として、それぞれ相続分に応じて武夫の賠償請求権を相続したが、ハツエは昭和五九年七月二一日死亡したので、その子である被告らがハツエの相続した分をさらに相続分に応じてそれぞれ相続した。しかるところ、被告らは自賠法による保険金八四二万五五〇〇円の給付を受けたので、これを前記損害金合計金二二七七万一九三一円に充当すると、残額は金一四三四万六四三一円となる。そうすると、被告らがぞれぞれ相続分に応じて相続した賠償請求権の額は各金二八六万九二八六円である。

6 以上により被告らは原告らに対しそれぞれ右各損害金を請求しうるものであるところ、原告らはその任意の弁済に応じないので、被告らは弁護士たる本件被告ら訴訟代理人に反訴の提起、追行を委任し、福岡県弁護士会報酬規定の範囲内で前記各請求額の一〇パーセントを報酬として支払うことを約したので、被告ら一人当りの報酬額は金二八万円となる。

7 よつて被告らは、原告らに対し各自、被告らそれぞれに対して各金三一四万九二八六円及びこれに対する本件訴状が原告らに送達された日の翌日である昭和六〇年二月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、武夫が昭和五八年一二月二九日午後一〇時四三分社会保険田川病院において播種性血管症候群のため死亡したことは認める。しかし、本件事故と武夫の死亡との間に因果関係はない。詳細は本訴請求原因2において述べたとおりである。

3 同3の事実中、

(1) 原告会社

原告会社が加害車を所有し、自己のため運用の用に供していたことは認める。

(2) 原告山永

原告山永が加害庫を運転していたことは認める。その余の事実は争う。詳細は本訴請求原因3において述べたとおりである。

4 同4の事実は争う。

5 同5の事実中、被告らの相続関係、被告らが自賠法による保険金八四二万五五〇〇円の給付を受けたことは認める。その余は争う。

6 同6の事実は争う。

7 同7は争う。

三  抗弁

1 原告会社

本件事故は、武夫のみの過失に起因するものであり、原告山永には何ら過失はない。詳細は本訴請求原因3において述べたとおりであるから、これを引用する。

2 原告ら

本訴請求原因4において述べたとおりであるから、これを引用する。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は否認する。詳細は本訴請求原因に対する認否3において述べたとおりであるから、これを引用する。

2 抗弁2の事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

第一本訴及び反訴についての判断

一  本訴及び反訴各請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本訴及び反訴各請求原因2の事実中、武夫が昭和五八年一二月二九日午後一〇時四三分死亡したこと、その死亡原因は播種性血管内症候群であること、は当事者間に争いがない。

しかるところ、被告らは、右播種性血管内症候群は本件事故により発生したものであり、従つて本件事故と武夫の死亡との間には因果関係があると主張するのに対し、原告らはこれを争うので、検討するに、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一、二、第六、第七号証、乙第九号証の一、二、一三ないし一六、二〇、二五、第一〇号証の一、一七、第一六号証、第一八号証の一ないし三、第二〇号証、証人吉川仁、同秋吉一明の各証言によれば、次の事実が認められる。

武夫(本件事故当時七五歳)の死亡原因である播種性血管内症候群の原因としては、急性膵炎、播種性血管内凝固(D・I・C)等が考えられるところ、医師であつて武夫の診療に携わつた吉川仁(以下吉川という。)及び秋吉一明(以下秋吉という。)は、播種性血管内症候群の原因は、断定はできないけれども、最も可能性の高いのは急性膵炎であると判定した。ところで、急性膵炎の発生原因としては、胆のう疾患、アルコールの取り過ぎ等の外に腹部打撲もあり得るが、武夫は生存中アルコール類は、全く飲まず、また、武夫には胆のう疾患の既往症はなく、さらに昭和五八年一二月一日の初診時に、武夫は医師に対し腹部の痛みを訴えることもなく、かつ、腹部には挫創や挫傷はなかつた。そして交通事故等による打撲によつて膵臓が破壊されている場合には、早い時期に急性膵炎の症状が出るのが通常であるが、武夫に急性膵炎の症状が出たのは、本件事故の約四週間後である同月二八日頃で、その日から武夫の容体は急に悪くなり、翌二九日午後一〇時四三分武夫は、急性膵炎が原因と思われる播種性血管内症候群により死亡した。以上の諸事情から、医師である吉川及び秋吉は、武夫に急性膵炎が発生した原因は医学的にも不明であり、本件事故による傷害と右急性膵炎の発生との因果関係は不明であると判断するに至つた。

以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすると、本件事故と武夫の死亡との間に相当因果関係があるということは到底できない。

三  そこで次に、本件事故は武夫の一方的な過失によるものであつて、原告山永には何ら過失はないとの原告らの主張について先ず検討する。

成立に争いのない甲第五号証及び原告山永、被告勝木隆各本人尋問の結果(ただし、いずれも後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

1  本件交差点は、北(直方市方面)から南(田川市方面)に通ずる道路(以下本件道路という。)と、北東(見六方面)から南西(方城町方面)に通ずる道路(以下交差道路という。)とが交差する地点であり、北から本件交差点付近までの本件道路部分は南に向つて一〇〇分の五の下り勾配となつている。本件道路は歩、車道の区別があり、車道の幅員は一四メートル(有効幅員一一・九メートル)で、片側二車線となつており、両側の歩道の幅員は各二メートルである。一方、交差道路は歩、車道の区別がなく、その幅員は本件道路の車道の幅員のおおよそ半分である(正確な幅員は本件証拠上明らかでない。)本件道路はアスフアルト舗装されており、本件事故当時路面は乾燥していた(なお、交差道路の路面状況については、本件証拠上明らかでない。)そして本件道路は最高速度は毎時五〇キロメートルと規制されており、また、本件交差点には信号機が設置されて、交通整理が行なわれているが、本件事故当時右信号機は正常に作動していた。そして本件交差点の北側(直方市寄り)の本件道路上には歩道橋が設けられており、一方、南側(田川市寄り)の本件道路上には道路標示による横断歩道(足踏自転車の横断進行すべき部分を含む。)が設けられている。本件事故現場付近の本件道路は直線で見とおしは良好であり、約三〇〇メートル先まで見とおすことができる。本件道路の交通量は「普通」であるが、本件事故当時は加害車には先行車はなく、後続車が一台あるのみであつた(対向車の有無については、本件証拠上明らかでない。)

2  原告山永は、本件事故発生日時頃加害車を運転して、本件道路の中央線寄りの車線を、北から南へ向けて時速約六〇キロメートル(これは甲第五号証記載の制動痕から算出したものである。)で進行していた。一方、武夫は、妻のハツエが床ずれのため痛みを訴えていたので、薬をもらいに足踏式自転車(被害者)を運転して病院に行くべく、見六方面からの交差道路から本件交差点に進入したうえ、本件道路の東側の歩道沿いに南へ向けて進行していた。原告山永は、武夫が被害車を運転して本件交差点に進入したうえ、右歩道沿いに加害車と同一方向に進行するのを、被害車から六九・一メートル先の地点(以下甲地点という。)で発見していたが、当時原告山永の対面する、本件交差点の信号機は青色の燈火信号を表示していたので、そのまま時速約六〇キロメートルで本件交差点へ向けて進行した。ところが、加害車が甲地点から四九・一メートル先の地点(以下乙地点という。)にさしかかつたところ、乙地点から三〇・六メートル先の地点(そこは本件交差点の南側の本件道路上に設けられている横断歩道からおおよそ一〇メートル離れたところである。)で、突如被害車が、方城町方面への交差道路へ向けて右に方向転換して進行(横断)を開始した。これに気付いた原告山永が危険を感じて急制動の措置をとつたが及ばず、本件交差点のほぼ中央付近で、加害車の前部が被害車に衝突し、武夫は被害車もろとも、衝突地点から四・六メートル先の、本件交差点の中央付近から南寄りの地点に転倒した。

以上の事実が認められ、原告山永、被告勝木隆各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、ほかに右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故は、武夫が、その対面する信号機が赤色の燈火信号を表示している(原告山永の対面する信号機は青色の燈火信号を表示していたのであるから、方城町方面への交差道路へ向けて右に方向転換して進行(横断)した武夫の対面する信号機は赤色の燈火信号を表示していたことはいうまでもなかろう。)のに、しかも、すぐ近くに横断歩道があるのに、これを渡ろうとせず、本件交差点の車道部分で突如右に方向転換して横断を開始したから発生したものであつて、もつぱら武夫自身の過失に基づくものというべきであり、原告山永が本件事故につきその責を負ういわれはない。そして、本件事故の態様からすれば、加害車の構造上の欠陥、機能の故障あるいは加害車の運行についての原告会社の過失等(この点については、原告会社において何ら主張していないが、本件においては、原告会社は、右各要件の主張にかえて、右各要件の存否と本件事故の発生との間に相当因果関係がない旨を暗黙のうちに主張しているものと解される。)を検討するまでもなく、原告会社の抗弁1は理由がある。

四  なお、かりに原告山永が、制限速度を約一〇キロメートル超えて運転していたことからして、無過失とまでは認められず、原告らにおいて本件事故につき責任を免れないとしても、武夫の前記過失と原告山永の右過失とを比較検討すると、双方の過失割合は八(武夫)対二(原告山永)とみるのが相当である。

しかるところ、被告らが自賠責保険金八四二万五五〇〇円の給付を受けたことは当事者間に争いがないから、本件事故によつて受けた武夫ひいては被告らの損害のうち原告らに請求しうる額から右保険金額を控除すべきである。

ところで被告らは、休業損害、逸失利益、入院雑費、葬儀費など、生存中の慰謝料、死亡による慰謝料として合計金二二七七万一九三一円の損害を受けた旨主張しているが、かりに証拠上(本件事故と武夫の死亡との間に相当因果関係があるということができないことは、すでにみたとおりであるが、それはさておき)右損害が被告らの立証趣旨どおりに認められたとしても、武夫の前記過失を賠償額算定にあたり斟酌すると、このうち原告らに請求しうる額は右金額の五分の一を超えることはない。そうすると、被告らの損害のうち原告らに請求しうる額が右保険金額を上回らないことは計算上明らかであり、保険金額を控除してなお残る損害額は皆無であるといえるから、被告らの原告らに対する反訴請求は、被告ら主張の各損害額について逐一検討するまでもなく失当である。そして、右にみたとおり、被告らが原告らに対して被告ら主張の損害賠償を請求することができない以上、反訴提起のために要する弁護士費用は、本件事故と相当因果関係のある損害といえないことは明らかである。

第二結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告らの反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森江好謙)

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